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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

「めッそうもないことを」

当然、供の者は、以ての外という顔で、お草履を取ってさし上げない。草履のそろわないうちは、駕を抜け出ないところは、やはり吾儘でも放縦でも大名育ちらしいが、万太郎そろそろ常の駄々ぶりを現して、

「草履をもて! 逃げてしまうわ」

と、高声をいら立てる。

すると、うしろの仲間が、手の提灯をあげて、

「やッ、相良様が駆けてまいりました」

「なに、金吾が?」と、万太郎がそれに思い止まったところへ、何かにおくれて、息をきりながら一行に追いついて来たのは、尾州の馬廻り役、江戸詰となってから、癖の悪い馬より手綱の取りにくい万太郎付きの近侍となっている、相良金吾とよぶ武士でした。

「金吾か、よいところへ来た」

かれの姿を見ると直ちに万太郎。

「そのあたりに、この娘が出会った盗賊がひそんでいよう。そちの手で、からげて来い!」

「はッ」と、主命、息をつく間もゆるされない。

金吾は袴のもも立を高くして、路傍から棟梁屋敷の石塀にそって駆け、カサ、カサ……と落葉のふるえる暗やみへ姿を入れる。

相良金吾が木立の奥へ駆けこんだのを見て、

「それ、逃げ口をとれ」

と、徳川万太郎は女駕のうちから、仲間どもを下知して加勢に追いやったが、煙の如き盗児、風の如き日本左衛門が、いつまでそれを待っておりましょうや。