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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

そしてまた、

「これだからわしはいけない。わしが考え方は煩悩だ、盲愛だ、ただわが子を無性に庇ッてばかりいる毒の愛だ」と、考えを振向けてみても、なぜか、今度ばかりはお蝶を折檻する気力になれない。

以前から――殺された同心の河合伝八も、それとなく注意してくれた。

山屋敷の長屋の者が、妙なうわさをするのも耳にしていながら、それも、人のひがみとばかりとって、耳も仮さずにきたのが、すべて自分の子に甘い盲愛であった。

その後、官庫の騒動――入れ札の時のお蝶の挙動――また四、五日前の晩、たれのしたことか雨戸の隙に、血のついたお蝶の花櫛をさしこんで行った者があったりしたことなど――次々に起ってきた不審に、今は、二官もハッキリとお蝶に目をさましてはいるのですが、わが子ながら、あまりの怖ろしさに、単なる叱言や折檻でこれがどうなろうとも思われないのでした。

で、かれは歩いています。

黙々と、家のまわりを巡って、行くともなく、藪の小道にはいる。

そうしていても、かれの苦悩は少しでも軽くなることはありません。ただ居ても立ってもいられないし、お蝶の姿を見ていれば、気が狂ッて娘を刺し殺した上に、自分も死のうとするような気持が、いと易いことに思われてくるので、わずかの思慮が、しばらくかれをあてなく彷徨わせているのであります。