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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「どうも、この小僧と来たひには、手におえねえな」
と野鍛冶の夫婦も仕方なく、次郎にうすい藁蒲団を被せて、程なく明りを消しました。
そして人々の寝息が静かに夜の時刻をかぞえてゆく……。
時ならぬ頃にその家の外を、馬の轡が鳴って遠去かって行ったのは、関久米之丞が帰って行ったものでしょう。――風なき夜の武蔵野はこの一軒家の夢を守って、しっとり霞んでおりました。
と――。
いわゆる、屋の棟も三寸下がるという丑の時刻。
墨を塗ったような鍛冶小屋の戸が、内からスーと開いたかと思いますと、夜目にもあざやかな長襦袢……。
ありあまる黒髪の乱れを白い指先でかき上げながら、そッと、あとの戸を閉めてよろめくように、野鍛冶の家の軒下を出る。
その手に――襦袢の袖にくるんで――何やらかかえている風です。
そのときは、よいのうちの暗とちがって、空も地も、草も水も、みな一色に薄あかるくなっている。
夜が明けかけたような景色で、月のありかをたずねると、まだ真の夜半。細い女の影法師は、墨色の羽目板をうごいて、行くての道を思い迷う様子でありました。
ふと。
そこに干し忘れてある友禅の小袖を見出すと、女は、それを取って黒髪の上から被衣のように被りました。