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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「おかしいな、村彦さんはもう先程から奥に来ていますが」
「ありゃ東村山だろう、こちら、西村山の方で、市へは初めてだが、丹頂のお粂とはよく知っていなさる仲だ。おお、そういえば抜け買いの組はもうみんな来ているかね」
「おいでになっています。ツイお見それ申してすみません。さ、どうぞ奥へ」
ひとりが立ち上がって両手でパッと暗やみを割るように開くと、ハネ上がったむしろの間から、赤い光線に塗られた奥の怪奇な光景が、びょうぼうとして面前にのぞまれた。
嗅ぎつけない南蛮煙草の煙やら魚燈のいぶりなどが濛々とこめて、そこにいる人間たちの数も慥とは分らないが、ざっと見ても三、四十人はうごめいている様子。
なお端の方から個々に注意してみると、袷一枚の浪人もあれば、勤番風な侍もいる。十徳を着た宗匠体、船頭らしい男、角鷹眼の町人、堅気な大店の旦那ぜんとした者など、雑多な階級の色を集めていますが、その悪業において暗黒に棲む陰性であることだけは皆ひとしく一致しております。
が、目明しの眼でこの集合を眺めると、職業的に二分されます。一は盗む者と、一はさばく者です。需要と供給、泥棒とけいず買い、この両者が必要をもって寄る所に、当然、市が立つわけであります。