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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
行燈をよせて、針仕事にかかり初めたおふくろの側へ寄って、
「おっ母あ、おいら、行ッて見て来ようかなあ」
「何処へ?」
「何処ッて分らねえけれど、父ンを探しに」
「ばかなことおいい」
「なぜよ」
「夜じゃあないか」
「でも、なんだかおらあ、胸騒ぎがしてならねえ。父ンも今に戸板に乗せられて来るんじゃないか」
「お寝よ。そんなことをいっていないで」
「寝られないんだよ、おっ母あ」
「じゃ、お客さんとこへ行って、話の相手にでもなっているがいいじゃねえか」
「あのお客さんは、黙っている人だ」
「立派な方だね」
「この頃は妙にこの鍛冶小屋へ、いろんな人間がたずねて来るなあ」
――次郎は何げなく呟いたのでしたが、彼のことばは、夕方から妙に神経の研げている次郎の心が、微妙な感知を働かせたのかも分りません。
なぜかといえば。
その時鍛冶小屋の外をひそやかに歩き廻っている人間がありました。
ひとりの男の目まぜに働く四、五人の黒衣、それは正しく、徳川万太郎を暗殺することの籖を引きあてた、雲霧の仁三の一組です。
万太郎は眠りについている。
疲れた手足をぐッたりとのばして、枕に目をふさぎましたが、次郎の話した奇怪な巷説が、どうもまたしきりに彼の猟奇心を駆って、ついさまざまな空想にとらわれてなりません。