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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

そして、

「あちらにいる方が、一杯さし上げながら、少し伺いたいことがあるっていうんですが、どうでござんしょう」

博労は怪訝な顔をして、

「何が、どうなんだい」

「お前さんだけ、ちょっと此方へ来てくれませんか」

「ふざけた事を言うねえ、人にものを聞くのに、こッちへ来いなんて大ッ面をしやがって、おれ達を何だと思ってやがる」

と、酒の勢いもありましょう、野卑な博労ことばで、啖呵を切ッたものです。

すると、葭簀の蔭で、

「オイ、稲。もういいから此方へ来ていろ」

「へい」

と稲吉は、すごい目をくれて、

「とんだお邪魔をいたしましたネ」

セセラ笑って引っ込みました。

それで初めて気がついた博労どもが、土間の一隅を見ると、葭簀を囲ったなかの床几に、稲と呼ばれた今の男のほかに、どっしりした浪人体の者がふたり、しめやかに盃を交わしている。

おとなしく引ッ込まれただけに、博労どもは薄気味がわるくなって、前の元気もどこへやら、大声な話も出来ず、そこを通って帰るにも帰られず、

「おい、何の用だか、ちょッと行って来ねえ。いやに鳴りをしずめているから、あとのたたりが怖ろしい」

と、仲間の者を小突いていました。