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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
で――彼女はまた小仏の上へ向って、そのまま歩き出しました。形相恐ろしき般若を顔に仮りたままで。
肉眼に見えぬ夜の空も、絶えず動いているものとみえまして、麓あたりでは漆壺のようだったのが、いつか、月こそないが冴え渡って、一粒一粒に星の光が妍を競っているようです。
何となく、お蝶は胸に思いました。
「ああ、今年の七夕も、もう近い」――と。
去年の星祭りには、七夕の歌を書いて、あの切支丹屋敷のなかの住居に立てた。亡父の二官は、日本のああいう風俗や行事を、欠かすことなく真似ていた。――それも夜光の短刀を求める目的のために、飽くまで、幕府に帰順を見せる配慮ではあったろうが。
その父も、今は天国とやらに帰ってしまった。――あるいは、その妄執が妖星となって、こうして迷い歩いている、私に尾いて廻っているかも知れない。
「お父さん、堪忍して下さい」
空を仰いだ般若は胸で詫びている。
「ゆるして下さい、お父さん。――とてもお蝶には、あなたが最期の時に仰っしゃった、夜光の短刀なんて、探し出す力はございません。……オオ怖い星の目! お父さん、あなたは私を睨みますか」
小仏の夜路もこわいとは思わないお蝶が、なぜか、ぶるぶると足をふるわせて、