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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「お蝶さん、坐らないか」
仲間の龍平は、霜よけの藁を取って、野菜小屋の前にバサリと敷きました。
そして、どっかりと自分が先に腰をおろして、
「こいつは工合がいい、お太陽様をふところに入れてるようだ。置炬燵なら差し向いだが、差しならびの日向ぼッこ。お蝶さん話があるんだから、ちよッとここへ坐ってくんな」
「だって……」
「何が?」
「こんな所にいて、もし、誰か来たらどうするの」
「臆病だなあ」
龍平はお蝶の袂へ手を届かせて、
「大丈夫だってことさ。同心でも来たら、お蝶さんは野菜小屋へ用があるふりをしているし、わっしは、ぽいと隠れてしまうまでのことじゃないか」
「もしか、人に見つかるとねえ」
「そんな怖がりんぼじゃ、色恋はできませんぜ」
「あら、八ツ口が綻びるじゃあないか」
「だから、素直におしなせえ」
「なアに……用って?」
袂に引かれて、お蝶は龍平のそばへ身を寄せました。
ここは小石川の窪地、丹下坂の切支丹屋敷。
ちょうど、午時分なので、広い囲いを見る同心も歩いていず、あなたの役宅もシンとして、折からこの山屋敷の奥は、藁を敷いて日向にならんだ若い仲間の男とあでやかな娘には、至って、安心のできる逢引きの場所でありました。