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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
加うるに、番屋番屋へああいう人相書が廻っているのですから、それから察して、この甲府という地相は、自分たちにも暗剣の方位にあるんじゃないかということも馬春堂の胸占にうかんでいなければならないわけです。
ところが先生の梅花堂流の神易たるや、見料を取って他人に売るものでありますが、少しも自分の運命を救うものではありませんから、こんな時には途方にくれて、
「どうしよう? 伊兵衛、おまえはこれからどうするつもりだね」
と、相手の思案をせがむに急なるばかりです。
「うるせえなあ」
と伊兵衛は腕組をゆすぶッて、
「いくらおれでも、そう早くおあつらえな智慧が出るもんかい」
――まだ木戸や舞台の支度にかかるにはだいぶ時刻が早そうなのに、その時、だれもいない掛小屋のなかを歩き廻って、やがて楽屋口から舞台裏をのぞく者がありました。
「おや、だれだ?」
二人がひょいと振顧ってみると、熨斗幕の裾に、草鞋をはいた白の脚絆と、白木の杖の端が見える。
小屋の者じゃない。
白い脚絆に杖?
ははあ、物もらいだな。
木戸に人がいないのを見て、何か見物の落とし物でもないかと、犬のように漁りに来た物乞いだろう。