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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
そこに、陰気な黒塀の屋敷がある。こんもりした門冠りの猫柳の木に、守宮一匹とッついている。
とん、とん、とん、とん、
「こんばんは。こんばんは」
そこでも飛脚組の戸を叩いたように、九兵衛が頻りと門扉をたたいて呼びましたが、もう時刻は夜半、それに、門と母屋の隔たりがあるので、最前の如くおいそれと、なかで答えはありません。
「うるさいやつじゃのう」
寝ぼけ眼をあいて、医者山田不孤庵のつぶやきです。
蚊帳のなかから横に身を起して、次の間のまた次の間に寝ている薬研部屋の書生に向って言う、
「これこれ、起きんか、起きんか」
「は……はっ……」
同じく、医書生の寝ぼけ返辞はいたしますが、遂に起き出る気しきもないので、不孤庵はとうとうみずから蚊帳をくぐって、何かぶつぶつと口叱言をいいながら、玄関の戸を開けに出ました。
そこの戸締りをあける音がひびくと共に、どんどんたたいていた表門の音も止む。そして、その間、音も声もしないのは、やがて家人が門の閂を抜いてくれるのを待つもののようです。
やがて、不承不承にそこを開けた不孤庵が、しぶそうな眼をして、
「御病家かな?」
とたずねると、