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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
火光が射して初めて知れたのは、いつのまにか、もうもうとした黒煙りのうずが、本堂の伽藍いッぱいに立ちこめていたこと。
その、まっ黒な濃煙が、ゆるい運動をえがいているなかに、金吾と日本左衛門の影は、すでに法や格を無視したところの殺剣を交ぜて、鏘々たる火花をちらし合っている。
もう、眼を向けられない煙です。いずれが金吾か、いずれがこれか、その識別もつかないまでに。
ふと見ると、内陣の深くは、赤い蜘蛛の巣がかがやいている。そして、剥落した金泥の薬師如来か何かの仏像の足元から、朱金の焔がメラメラと厨子の一角をなめ上げているのでした。
火事! と誰やら絶叫して騒ぎ出すうちに、紅蓮は厨子から円柱をつとうて縦横に本堂の梁へ。
「おのれッ」
「法達ッ、法達」
すさまじい物音が、その時、内陣のうしろにあたって響きました。
本堂の裏に火を放って、その騒ぎにまぎれて逃げのびようと計った和尚の法達は、自分のそそぎかけた油の煙と炎に追い出されて、潜伏していたそこを走り出したとたんに、
「それッ、法達だ」
「御用」
と、八方から呼ばわる捕手に追い廻され、とどのつまり、僧房の一隅に袋づめにされて、十手の乱打に気をうしない、高手小手にしばりあげられる。