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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

「日本左衛門!」

喉のうちで、こう叫んで、万太郎は一跳足に、煙を払って追いました。

先の影は引ッさげ刀で、庭廊下をドドドドッと駆けだしてゆく。

「おのれッ」

そのうしろへ万太郎が、気いッぱいに斬りつけた抜き打ち。

「あっ!」――というと彼の刀は、青龍刀のような空鳴りをさせて、徳川万太郎そのものの体と共に、相手の肩を越して方丈の庭先へもんどり打って捨てられています。

あやしげな人影を追って、万太郎が奥へ駆けこんだ様子に、釘勘は冷やりとしながら、同じ廊下を韋駄天と飛んで来ますと、その心配もまにあわないで、あッ――というまに、先の相手に、彼は気味よく庭先へ投げ出されている。

松や楓などの庭木にくるまれているため、まだこの一棟には、たいして火が廻っていなかったのが、せめてもの僥倖でした。

万太郎を投げすてた者は、それに見向きもせず、なおすすんで、最後の一室へ馳け込みました。そして、そこの肘掛け窓へ足をかけて、外へ飛ぼうとするところを、釘勘が、

「野郎ッ」

と、たすきに組みつきました。

釘抜きといわれた勘次郎が、うしろから好みをつけて、こう組んで締めた以上は、たとえ日本左衛門でも、めったにこれを振りほどかせはしない――と彼には自信がありました。