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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
しかも、どこかで覚えのあるような声がらなのです。
相手が、鯉口を切るばかりに用意しているのを見て、おりんはいたずらに騒ぐことの非を悟りましたから、じっと、眼を閉じて相手のなすままにこらえている。
と。
「おい」
気がついてみると、自分は決して、相手の力に束縛されているのではない。身を締めているのは、胸に結んでいる自分の腕で、今見た人影は、戸を閉めて、もうろうと廊下の中に立っています。
「おりん、なんでそんなに驚くのだ。……忘れたのか、おれの姿を。この声を」
「あっ、あなたは」
彼女が、よろめく背を、あやうく柱にささえて踏みとまると、目の前のもうろうとした影も、ゆらりと迫って、
「命の親を忘れるやつがあるものか。しかも、自分の肌までゆるした男を……」
白い歯が見える。
声をぬすんで笑ったらしい。
おりんは、総毛だつおののきをこらえるのに全力で、とても、救いを呼ぶ気力もなく、そこを逃げ去る足もすくんでいました。
と――相手はさらに寄って来て、
「どうだな、あれ以来、からだの工合は」
と、やさしい声でいう。
「もしッ……」
おりんは口惜しさに、やっと、反抗的に出ない声をわななかせて、