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もめんいぜんのこと
木綿以前の事
柳田 国男
木綿以前の事「女性」1924(大正13)年10月、何を着ていたか「斯民家庭」1911(明治44)年6月、昔風と当世風「彰風会講演」1928(昭和3)年3月、働く人の着物「旅と伝説」1936(昭和11)年7月、国民服の問題「被服」1939(昭和14)年5月、団子と昔話「ひだびと」1936(昭和11)年3月、餅と臼と擂鉢「社会経済史学」1934(昭和9)年1月、家の光「家の光」1926(大正15)年2月、囲炉俚談「文学」1935(昭和10)年3月、火吹竹のことなど「知性」1939(昭和14)年4月、女と煙草「ひだびと」1939(昭和14)年2月、酒の飲みようの変遷「改造」1939(昭和14)年2月、凡人文芸「短歌研究」1934(昭和9)年2月、古宇利島の物語「短歌民族」1933(昭和8)年5月、遊行女婦のこと「俳句研究」1934(昭和9)年4月、寡婦と農業「農業経済研究」1929(昭和4)年10月、山伏と島流し「俳句講座」1932(昭和7)年8月、生活の俳諧「第一高等学校講演」1937(昭和12)年12月、女性史学「実践女学校講演」1934(昭和9)年7月、女性史学「民間伝承」1936(昭和11)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 177,586 字 · 348 页
羽後の神宮寺の道祖神を始とし、祭の日に神体に米の粉をふりかけるというなども、乾いた粉の得にくかった時代には、やはりこのオノリを注いだものと思う。同じ習慣は東北地方、ことに旧南部領の盆の墓祭りの時にもある。やはり多くの他の食物とともに、この白色の粉を解いた液体を墓場の前と周囲にまき散らすので、土地ではこの行事をホカヒと謂っている。ホカヒはもと食物容器の名、すなわち盆(瓮)という漢字の和語であった。中部以西の盆の精霊棚には、この白い米の水のかわりに、鉢に水を入れたものを具え、ミソハギの枝をもって供物の上にふり掛け、または墓参の往復にもこれを路上に注ぐが、その水鉢の中へは茄子や豆などの細かく刻んだもののほかに、家によっては米粒を入れておく。それを「水の実」とも、また「水の子」とも謂っている。起こりは皆一つであろうと思う。今では何故にそういうことをするのか、説明し得る者は一人も無いけれども、いずれも祖霊に供養するものであるからには、本来は我々の晴の日の食物で、人だけは嗜好が転じてこれを食わなくなっても、御先祖には前通りのものを進めていたわけで、すなわち日本の晴の食事にも、やはり時代の変化があったのである。