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もめんいぜんのこと
木綿以前の事
柳田 国男
木綿以前の事「女性」1924(大正13)年10月、何を着ていたか「斯民家庭」1911(明治44)年6月、昔風と当世風「彰風会講演」1928(昭和3)年3月、働く人の着物「旅と伝説」1936(昭和11)年7月、国民服の問題「被服」1939(昭和14)年5月、団子と昔話「ひだびと」1936(昭和11)年3月、餅と臼と擂鉢「社会経済史学」1934(昭和9)年1月、家の光「家の光」1926(大正15)年2月、囲炉俚談「文学」1935(昭和10)年3月、火吹竹のことなど「知性」1939(昭和14)年4月、女と煙草「ひだびと」1939(昭和14)年2月、酒の飲みようの変遷「改造」1939(昭和14)年2月、凡人文芸「短歌研究」1934(昭和9)年2月、古宇利島の物語「短歌民族」1933(昭和8)年5月、遊行女婦のこと「俳句研究」1934(昭和9)年4月、寡婦と農業「農業経済研究」1929(昭和4)年10月、山伏と島流し「俳句講座」1932(昭和7)年8月、生活の俳諧「第一高等学校講演」1937(昭和12)年12月、女性史学「実践女学校講演」1934(昭和9)年7月、女性史学「民間伝承」1936(昭和11)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 177,586 字 · 348 页
次に製粉器械としての石臼の普及であるが、是は石工の技芸進歩と、その数の増加の御蔭であった。以前は薬材・絵具や茶の類に限られ、僅かに上流の家だけに使用せられていた石の小さな挽臼が、どんな田舎でも手に入り、また目立て屋という職人まであるようになった。農家が各自の穀粉を挽くようになって、一旦起こりかけた粉屋という専門業が早く衰えてしまい、名残を粉屋の娘の民謡に留めている。
最後に今一つの大きな改良が、前に挙げた擂鉢・擂木であった。これもまた臼と杵との変化であることは、その各地の名称からでも察せられる。スリコギが摺る小杵であったごとく、メグリギ・マハシギ等のキもまた杵であった。在来の手杵と異なる点は、搗くかわりにまわすことで労力がはるかに軽くなった。陶器の内側に臼の目を立てて焼くなどは、国内でも発明し得たか知らぬが支那の方が古い。いわゆる鎖国時代にこういう事までを聞き伝えて、ただちに全国に普及させた無名氏の智能は敬服すべきである。擂鉢の世に行われるまでは、一切の柔かな食物はみな臼で搗いていた。味噌は擂鉢ができてからかも知れぬが、それ以前の食物であった豆のゴの汁、また多くのあえ物類は、すべて臼によるのほかは無かった。