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もめんいぜんのこと
木綿以前の事
柳田 国男
木綿以前の事「女性」1924(大正13)年10月、何を着ていたか「斯民家庭」1911(明治44)年6月、昔風と当世風「彰風会講演」1928(昭和3)年3月、働く人の着物「旅と伝説」1936(昭和11)年7月、国民服の問題「被服」1939(昭和14)年5月、団子と昔話「ひだびと」1936(昭和11)年3月、餅と臼と擂鉢「社会経済史学」1934(昭和9)年1月、家の光「家の光」1926(大正15)年2月、囲炉俚談「文学」1935(昭和10)年3月、火吹竹のことなど「知性」1939(昭和14)年4月、女と煙草「ひだびと」1939(昭和14)年2月、酒の飲みようの変遷「改造」1939(昭和14)年2月、凡人文芸「短歌研究」1934(昭和9)年2月、古宇利島の物語「短歌民族」1933(昭和8)年5月、遊行女婦のこと「俳句研究」1934(昭和9)年4月、寡婦と農業「農業経済研究」1929(昭和4)年10月、山伏と島流し「俳句講座」1932(昭和7)年8月、生活の俳諧「第一高等学校講演」1937(昭和12)年12月、女性史学「実践女学校講演」1934(昭和9)年7月、女性史学「民間伝承」1936(昭和11)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 177,586 字 · 348 页
稀には小面の憎い才女という者もあるか知らぬが、それは正しい学問をしなかったためで、多くのやかましい女房は、勿論愚痴無識の産物である。家門の紛争を増長せしめる類の弁舌や屁理窟は、仮に読書に由ってこれを学んだにしても、我々の名づけて学問と謂うものではないのである。
故に学問とはどんなものか、人は何のために学問に向わねばならぬかという問題は、迂遠なようだがやはり最初に知っておく必要がある。何か一つの職業を目あてにして、進んで行こうとするなら一定の方法もあり、またいわゆる女子教育振興の議論について行ってもよいのであるが、今日の家庭のような自由な時間、自由な教育のもとで一歩を誤まると、或いは多くの小賢しい人が踏み迷うたように、何でもかでも文字の排列してある紙さえ見ておれば、それで学問になると安心してしまわぬとも限らぬ。
全体に女性に読ませようとする印刷物が、現在は少し多過ぎる。馬鹿げた雑誌類が少し売れ過ぎる。読む前から分りきったような物ばかりに、潰している時が惜しいと思う。その時間を集積してみたら、おそらくはいかなる難事業でもできるはずである。目前のためにもまた次の代のためにも、是ほど家々の学問の入用な時世に、我も人もまた正しい選択と指導とを考えていないようでは、事によると折角の家の光も、無用の装飾に帰するばかり