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もめんいぜんのこと

木綿以前の事

柳田 国男

木綿以前の事「女性」1924(大正13)年10月、何を着ていたか「斯民家庭」1911(明治44)年6月、昔風と当世風「彰風会講演」1928(昭和3)年3月、働く人の着物「旅と伝説」1936(昭和11)年7月、国民服の問題「被服」1939(昭和14)年5月、団子と昔話「ひだびと」1936(昭和11)年3月、餅と臼と擂鉢「社会経済史学」1934(昭和9)年1月、家の光「家の光」1926(大正15)年2月、囲炉俚談「文学」1935(昭和10)年3月、火吹竹のことなど「知性」1939(昭和14)年4月、女と煙草「ひだびと」1939(昭和14)年2月、酒の飲みようの変遷「改造」1939(昭和14)年2月、凡人文芸「短歌研究」1934(昭和9)年2月、古宇利島の物語「短歌民族」1933(昭和8)年5月、遊行女婦のこと「俳句研究」1934(昭和9)年4月、寡婦と農業「農業経済研究」1929(昭和4)年10月、山伏と島流し「俳句講座」1932(昭和7)年8月、生活の俳諧「第一高等学校講演」1937(昭和12)年12月、女性史学「実践女学校講演」1934(昭和9)年7月、女性史学「民間伝承」1936(昭和11)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 177,586 字 · 348 页

青空文庫

私は近年島の流人の生活というものを考えてみているが、俳諧の方ではただ芭蕉翁のみが、二百何十年も以前に早くもこの問題の隠れたる隅々を知っていた。我翁が島に渡り、または赦免に逢うて戻って来た人と、親しい交遊をしていたことはまだ聞かぬが、すくなくとも連句にしばしば咏歎せられている島の生活だけは写生であり、しかも私の見たところでは、三宅か八丈かとにかくに伊豆の島々のうちであった。空で想像したものとは思われぬのである。島流しの境遇は今でいうエキゾチックであり、且つその多くは江戸人のなれの果で、下に人情の通いがあった。俳諧の題材として有用であったことは、旅や隠者や遊里の生活にも勝るものがあったろうと思うが、それにしたところでその情景を予て心に貯えて、毎度程よき場合にこれを出して使ったということは、たとえようもなく床しい修養であった。元禄の俳諧に含まれている民俗史料の価値は、こうした点からでもこれを高く評価してよいと思う。それで沢山の例句は引くこともできぬが、爰には私たちの一読して、どうしていつのまにこんな事を知っておられたかと、びっくりした二つ三つを載せてこの篇を終ることにする。