轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

もめんいぜんのこと

木綿以前の事

柳田 国男

木綿以前の事「女性」1924(大正13)年10月、何を着ていたか「斯民家庭」1911(明治44)年6月、昔風と当世風「彰風会講演」1928(昭和3)年3月、働く人の着物「旅と伝説」1936(昭和11)年7月、国民服の問題「被服」1939(昭和14)年5月、団子と昔話「ひだびと」1936(昭和11)年3月、餅と臼と擂鉢「社会経済史学」1934(昭和9)年1月、家の光「家の光」1926(大正15)年2月、囲炉俚談「文学」1935(昭和10)年3月、火吹竹のことなど「知性」1939(昭和14)年4月、女と煙草「ひだびと」1939(昭和14)年2月、酒の飲みようの変遷「改造」1939(昭和14)年2月、凡人文芸「短歌研究」1934(昭和9)年2月、古宇利島の物語「短歌民族」1933(昭和8)年5月、遊行女婦のこと「俳句研究」1934(昭和9)年4月、寡婦と農業「農業経済研究」1929(昭和4)年10月、山伏と島流し「俳句講座」1932(昭和7)年8月、生活の俳諧「第一高等学校講演」1937(昭和12)年12月、女性史学「実践女学校講演」1934(昭和9)年7月、女性史学「民間伝承」1936(昭和11)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 177,586 字 · 348 页

青空文庫

一つの特徴は真面目なものに対する対立、わざとではあるが、真似そこないのおかしみであった。自分の力が足らずして、すぐれた人のする通りをしようとしてできぬことを示すもので、私などは是を自嘲の笑いと名づけている。これを能くする者には実は才智の衆に秀でた男が多かったのである。すなわち人を笑わせる職分のために、最も上手に韜晦する者の技芸であった。トボケルと今ならば謂うところで、古くはシレル・シレモノと謂い、それから移ってジラコクまたはジラなどともなり、戯れという語も是とよほど近かった。笑いの最も夙く芸術化したものということができる。

是が我邦において人の言語と行為の、とくに厳粛なものに附随していたことは、多分は国がらの然らしむるところで、人類共通の一般習性ではなかったろうと私は思う。狂言というものの起こり、すなわち正式なる儀礼の後にすぐ引続いて、それを間ちがえ真似そこない、もしくはまるまる縁の無い愚かな所作をして見せて、観衆を大いに笑わせるという演技法は奇抜なものだが、私などから見ると、是は対照によって前の正しいものの印象を深め、且つ誤るということの不利損失を覚らしめるのが本来の目的で、つまりは笑われることを怖れる人情を利用した設計のようである。