轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
もめんいぜんのこと
木綿以前の事
柳田 国男
木綿以前の事「女性」1924(大正13)年10月、何を着ていたか「斯民家庭」1911(明治44)年6月、昔風と当世風「彰風会講演」1928(昭和3)年3月、働く人の着物「旅と伝説」1936(昭和11)年7月、国民服の問題「被服」1939(昭和14)年5月、団子と昔話「ひだびと」1936(昭和11)年3月、餅と臼と擂鉢「社会経済史学」1934(昭和9)年1月、家の光「家の光」1926(大正15)年2月、囲炉俚談「文学」1935(昭和10)年3月、火吹竹のことなど「知性」1939(昭和14)年4月、女と煙草「ひだびと」1939(昭和14)年2月、酒の飲みようの変遷「改造」1939(昭和14)年2月、凡人文芸「短歌研究」1934(昭和9)年2月、古宇利島の物語「短歌民族」1933(昭和8)年5月、遊行女婦のこと「俳句研究」1934(昭和9)年4月、寡婦と農業「農業経済研究」1929(昭和4)年10月、山伏と島流し「俳句講座」1932(昭和7)年8月、生活の俳諧「第一高等学校講演」1937(昭和12)年12月、女性史学「実践女学校講演」1934(昭和9)年7月、女性史学「民間伝承」1936(昭和11)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 177,586 字 · 348 页
一体日本人ほどよく働いて来た国民が、昔からこういう不自由なものに、朝晩くるまって大きくなったように、思っていたことが歴史の無視である。儀式に列する少数の男女以外、あんなぶらぶらとした袖を垂れて、あるいていた者は一人だって有りはしない。上衣と袴とはちゃんと二つに分かれて、手首にも足首にも、まつわるものは何も無かった。つまり今日ヨウフクなどと謂って有難がっている衣服と、ほぼ同型のものを最初から着ていたのである。今見る不断着などは式服の下着、というよりも式服を極度に簡略にしただけのもので、是で働けないのは眼をつぶって物が見えないのと同じことである。
都市の生活が始まって、国民に晴の日が多くなり、一方には不断にこういう着物を着ていられる者が、だんだんと増加して来たということもあるが、それよりもさらに経済的な原因としては、労働の様式の以前にように、単純でなくなったことを挙げなければならぬ。私は仮に、是を奉公人式作業と呼んでいるが、その奉公人も数多く抱えられて、同じ一家の中でも分業が行われた間は、それぞれの仕事着で働かせたろうが、後々家が小さく世帯が切詰められて、たった一人か二人の若い者を、表の取次から客の給仕、水汲み・庭掃除、箱葛籠の出し入れ、たまには土ほじりも遣らせようとなると、どうしても着物は中途半端にならざる