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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
微細な注意と身構えを持って、そッと、納屋から外へ抜け出ようとすると、案の定、外には一箇の人影が屈伏していて、じっとお蝶の挙動に目をつけている様子。
彼女はギクとして、宗門役人の手先を連想しましたが、さり気ない態を作って、率八の家の裏手から浜町の屋敷地の方へスタスタと足を早めだします。
――と、それを遣り過して十二、三間の隔てを置いてから、
「お蝶だ!」
ムックリと身を起こしたのは案外体の小さい小童で、その影が飛躍すると共に、彼の手にある棒先の刃物が、水を振るようにキラキラと闇に閃流する。
と、思うと、一足飛びに、
「待てッ」
と、その刃物の穂先が、追いつきざまに空を走って、お蝶の肩を貫こうとしましたが、彼女も察していたことなので、身を沈めると共に振顧って、
「何をするのさッ、あぶない!」
帯の間からつかんだ物を少年の顔へぶつけて走り去りました。
「あっ……」と、顔を撫でた小童は、不思議な快感をもつ匂いにくるまれて、暫くは目が開けませんでしたが、やがてよくよく検めてみると、それは桃花粉とやらいう白粉のはいった袋を目潰しに投げつけられたものだと覚りました。