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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

……おお陽がさして来たな」と、話を切って、火のそばを立ち上がりました。

乳色の霞の空から穏やかな川波が、陽の光を反映して来ると、そこらをスイスイと飛ぶ白い小鳥が、苫を被ったあたりの泊り舟へ朝を告げて飛び廻る。

「親分、もう少し焚き木を見つけて来ましょうか」

「いや充分に暖まったから、おれは納屋で一休み寝るとしよう。……そしてな、率八」

「ヘイ」

「もしかすると、お蝶が来るかも知れねえから、訪ねて来たら起してくれよ」

と頼んでおいて、小屋へはいる。

大川の空には、春風に乗った二枚半の字凧や武者絵が、のどかなウナリを揚げております。

一方、野槍を小脇にもって、下谷の方へ駈け去った小童は、あれから何処へ行き着いたか?

そこは東叡山の北裏にあたる根岸村――土地に住む雅人が呼んで曙の里となす閑静な所でした。――手入れをせぬのがかえって風趣を増して見せる茶寮風の下屋敷、今は廃屋にしてありますが、元は尾州侯のまま見えた園亭に、近頃は誰か住んでいる。

その茶寮の縁先からは、遠からぬ所の御行の松が、夜の空を摩してのぞまれますし、広い庭は、雪見燈籠も空堀の那智石も、落葉に埋まって冬ざれの霜の荒れにまかせてあります。