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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

そして、もう先では帰ったものと思っている時分にまた戸をたたいて、

「もしもし、それでは、釘勘親方が帰って来るまで泊まらして貰いますが、何処から這入ったらようございましょうか」

内と外で、なお二、三度押問答をしておりましたが、とうとう、根気負けがしたように、

「私は留守居の者で、何の御用事か知らないけれど、じゃあ裏の方へ廻ってごらん」

と、見当違いな方で、やっと雨戸を開ける音がします。

次郎は家の横を廻って、裏口の明りを目あてに近寄って行きました。見ると、ことばの通り、もう戸締りをして寝ていたものに相違ありません、髪をぞんざい結びにした二十四、五の肌の白い女が、二尺ほど明けた戸の隙に妖冶な姿を細長く見せていて、

「泊って待っていると言っても、親方はいつ帰るか分りませんよ。何しろ、商売がらだからね」

「でも、しかたがありません」

「それに私は、此家の家内でもなし雇い人でもなしするから、滅多な者を、泊めていいか悪いのかも分らないんだよ」

「決して、御心配には及びません、私が参ったのは初めてですが、釘勘親方とはとうから御懇意で、根岸のお下屋敷へは、時々訪ねて下さいます」