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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

強腹な万太郎にしても、これだけは気持がわるいと見えて、しきりと、吉宗の心を臆測したり、後の気まずさを考えて、このまま黙って押し通しているか、それとも本丸へ伺候して、自分の目的を打明けてその過失をわびようかなどと、その日は、不快な迷いに暮れていました。

「なんの! 吉宗の新将軍づらに、わびをするなどは忌々しい。わしも尾州の徳川万太郎だ、彼が日本の将軍として納まるなら、自分は海を蹴って、羅馬の王座を占めて見せる」

夜になると、かれの眼は冴え、心はしきりと磨げました。

金吾が案じるのを、

「捨ておけ!」

言い放って外へ出る。

――いつもの支度、穿き馴れたわらじの音もさせぬ忍び足で。

それから約七日ばかりの間、吹上には何の出来事もありません。

すると、その晩は、春にはめずらしく、水気のない空に、常よりは明るい月がかさもにじませずにヒッソリとさえていた夜半でした。

型のごとく、錦霜軒を出た二人が、その晩に限って、嵐山から山里の苑へ足を向けて曲がりかけると、山蔭の畑地の中に、一つの人影がチラと見える。

そこは、千代田のお薬草園で、俗に、人参畑とも呼ぶ地域です。養生所と薬草園の係り以外のものは、足入れを厳禁してあって、その囲いと防風林をかねた灌木の藪が、垣のように畑の北がわを取巻いている。