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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

と、鏡台から取出した櫛を抓んで、甘えるように、背なかへ寄る。

しなやかな白い指が、自分の髪の根へこころよい櫛の歯をくり返すのに任せながら、

「おれが風呂場から出て来ると、この離れの植込みから、飛び出して行った男があるが、座敷をのぞいて行きはしなかったか」

「何ですか、座敷ちがいをして来たと言い訳をしていましたが妙な素振りだッたんですよ」

「犬だろう。またここにも長居はできねえ」

「でも、きょう一日ぐらいは大丈夫でしょう」

「まあ日の暮れねえうちはやって来まいが、油断をしていると、この前の時のように、飛んだ泡を食わなければならねえ、明日は少し方角を変えて、山の手の白梅亭あたりへ宿更えをしよう」

「じゃ、わたしが、また明日の今頃に、そっちの方へ行きましょうね」

いつのまにか、櫛はどこかに姿を隠して、白蛇のようなお蝶の両腕が、うしろから日本左衛門の肩にからんでいます。

で、その肩越しに、お蝶の頬が彼の頬へすり合うように寄りついて、その髪の香、肌の香、ものを言う息のかおりまでが、咽せるばかり直接に感じられる。

「ね、行きますよ、白梅亭へ」

「同じ額風呂でも、あそこならば人眼が少ない。