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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
望楼の上で万太郎が、アッと驚いたのはこの火光のうごいた刹那でした。
それと共に側にいる吉宗の片頬にニッとゆがむ北叟笑みが、目に見えるような気がします。
跫音につぐ跫音。
知らせにつぐ何かの報告。
やがて集まる提灯や雪洞の明りは、下から逆しまに望楼の柱を染めました。
とんとんとんとそこへ誰やら駆け上がって来る。
きっと、吉宗が振返ってみますと、革襷股立ちのまま、旗本の中坊陽之助がそこに小膝を折って、
「捕り押えました曲者、かねてのお指図どおり、ただ今不浄駕籠にのせて、平河口から宗門役人の手へさし渡しまするが、それにてよろしゅうございましょうか」
「一人か? 曲者は」
「もう一名のものは、なかなか手強く、後より加勢をやって追い詰めておりますから、程なく縛についてくることと存じます」
吉宗と万太郎が、やがて望楼を降りてゆきますと、今しも、一挺の不浄駕籠は江戸城の番士に固められて、平河口へ送られようとする矢先でした。
見ると、その中には、黒装束を剥がれた、一人の女が、高手小手に縛しめられて、息さえあるかないかの様子、苦悶の白いうなだれ顔へ、ガクリと黒髪をくずしている。