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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

そこで先生、

「どれ、冷えないうちに」

と、早速うしろの饂飩へ手を出しましたが、おや? これはまた怪しからぬ話、出前持ちが置いて行った風邪の一服薬だけは地べたに落ちているが、かんじんな丼はかげをかくして有る所に無く、

「はーてな? ……いやに失せ物が多い晩だぞ」

目を皿にして、いくら見廻したとて見当りません。

すると、日月星辰を描いてある灰色の幕のかげて、何者かクスクス笑う声がしたので、いよいよ驚いた馬春堂、そこを払い退けて外へ首をつん出しましたが、

「これはしたり」

とばかり、呆れ返ってものがいえない。

さてこそ曲者です、呆れましたが疑問のうどん掛けはここに所在を明らかにしました。すなわち、いつのまにか幕の裾から失敬して、うまそうにスルスルと柳の下で立食いしている奴がある。

斑竹の皮の饅頭笠に、軽そうな、燕色の合羽を引ッかけ、後ろ向きになって、汁まで飲みほした上に、

「アア、うめえ。御馳走様」

ひどい礼儀もあったものです。食べた杉箸を忍川へ抛り込み、空の丼をしゃアしゃアと馬春堂の手へ返して来ました。

「ふざけた野郎だ」

と、丼は受け取らずに、その腕首を引ッつかんでくれると、