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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
ズーと裏二階の廊下を見てゆくと、手先の伝吉がはっておいた、例の、目印の札が二ツの部屋にはってある。
そのどっちにも明りの影がさしていないので、釘勘は、しまッた! と早くも手遅れを感づきました。
偶然、ここにお粂と道中師の伊兵衛とが、一ツ宿屋に落ち合っていたため、一方へかかれば一方を逃がすおそれを生じ、あれから、いったん引っ返して、手配のため番屋廻りに時刻を費したのが、今となれば、とんだ両兎を逃がした原因というもの。
「だが、遠くへは行くまい」
と、一つの部屋をあけてみると、衣桁にかけてある女着の丹前、それには、まだほのかにお粂の肌の匂いがある……。
火鉢の残り火を見つめながら、釘勘は、この部屋の空虚に立って、不思議な疑惑にくるまされました。
――病体にしろ相良金吾が、どうして、お粂と共にこう早く姿をかくしたり、あの妖婦の自由になって逃げ廻ったりするのか?
「ウーム、解せない」
吐息の如くつぶやきましたが、今はそんな事を考えている場合でもないので、サッとその部屋を抜けて出ると、何やら足の先にコロコロと転がった物がある。手で探ってみると――冷ややかで、透明で、小さくて、見なれない形をした、紫色の器です。