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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「え、なにを?」
「夜光の短刀のありかを知る、たった一ツの手がかりを!」
花のちる音か、やぶの笹鳴きか、その時あたりの物蔭でかすかな空気がうごいたようです。
その時――
「また黒衣の人間どもが跳躍するのか」
と、ヨハンが牢のそとへ神経をすましたので、お蝶も、思わずわが身のうしろを脅かされて振向きましたが、夜の幕には、ただ散る花のゆるい運動が怪奇美な光を舞わせているのみであります。
「……お蝶さま、夜光の短刀のある方角を教えてくれるただ一つの磁石、それはこれです」
ヨハンの手は何かの興奮にふるえている。
見ると、かれは肌身はなさずに所持している聖書の羊皮表紙をなでていました。
そして、その聖書のこばを歯で破ッて、ビ、ビ……と横裂けのせぬようにしずかにさいて、
「これです、お蝶さま」
と、かの女の手に握らせる。
手ざわりのいい羊皮紙――
はがれた聖書の裏表紙?
不審そうに見はッたお蝶のひとみは、それとヨハンの顔とを、かたみがわりに見つめています。
「これですよ、お蝶さま」
「これが?」
「なにか指にさわる物があるでしょう。その羊の皮のやわらかな手ざわりのほかに」
「ええ、石つぶのような、こまかいものが」