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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
一つは本来の金吾であり、一つは、奇病に衰えた肉体から、武士らしい魂をひき抜かれて、ここにこうしている相良金吾。
過去の金吾は大殿の信も篤く、ために徳川万太郎の側付きとなった程、忠義一徹、武門名誉の侍であるはず。
しかし。
現実の金吾は――というと、本心はとにかく、表面の生活から観られれば、妙な年増のあだ女に養われて、その妖情に溺愛して抜くにも抜けないところまで、足をふみすべらそうとしている唾棄すべき非武士!
そうではないか。
そう罵られても言い訳の道がない境遇にいる自分ではないだろうか。
――金吾は了戒を膝から落として、ゴロリと仰向けに寝ころびながら、また口のうちで、
「武士か! 貴様は」
おのれを、おのれの外に置いて、腹立たしげに罵りました。
おしろいの香い……
なまめかしい女の小袖。
行燈に灯を入れるのも物憂いので、そのまま手枕をかッていますと、閉てきってあるこの藤屋の奥二階の一間が、徐々と白みはじめてくる……。
横磯の沖に月が出たのです。
黄色い春の月の思いきッて大きく、ぬっと、相模灘の水平線に君臨しだしてきたけしきが、金吾の手枕に想像されました。