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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

で、偶然、鏡の中で見合した男女の目と目。

金吾が見た鏡の中のお粂の顔は媚をふくんで笑っていましたが、お粂が見た鏡の中の金吾の顔は、

(妖婦め!)

と、いわんばかりに睨んでいました。

「まあ、こわい顔」

と、くちびるへ紅を点じ、やがて、化粧をすまして向き直った女の顔は、ちょうど、夜桜の雪洞に灯がはいッたように明るくなって見えます。

「――相良さん、また江戸表のことを考えているんでしょう、およしなさいよ、しんきくさい」

冷たい海風のもれてくる障子の隙を合せながら、

「オオ、向うの座敷の陽気だこと……私たちも、今夜は酒でも少しとりましょうか」

「酒?」

「エエ」

金吾はハネ起きて、

「酒」

と、もう一度つぶやきました。

こういう時にこそ、酒を飲むべきものだったと、初めて気がついたように、

「よかろう! いいつけてくれ」

「まあ、めずらしい」

お粂は自分からいい出しておきながら、金吾が同意したのをわざとらしく笑って、それから女中をよんで支度を頼み、その間に、鉄瓶の下の火を見たり、あたりの物を片寄せたりして、自分も、世話女房らしくいそいそする。

膳がくる。

銚子がつく。

温泉の宿らしい腰のひくい長火鉢に、ほッてりと炭火も赤くなって、障子越しに聞く遠い波の音も、旅愁を傷めるほどでなく、よその宿屋の三味線も、耳ざわりではありません。