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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
床には、探幽斎の筆、水墨の大幅が掛けてあったが、紙燭のゆらぎに浮いて見えるのは、その絵ではなく、画幅を無残にして遺憾のない大きな文字で、
緑林涼風日本左衛門のこす。
と、なすり付けてある墨痕でありました。その不敵な筆法は、これに目を瞠るものを嘲るように生々とした墨色です。
「万太郎ッ」
義通は激しい声で、不意に、弟の肩をつかんで、
「出目洞白の面を、かような所へ置きすてておいたのはその方か」
「はい!」
と万太郎は、やり場のない怒った声で、
「はい、私ですが」
「な、なぜ、そんな不始末な……」
「兄上」
「そちは身の行状の悪い通り、何事にも、ふしだらでいけないッ。殊に、品もあろうに」
「いや、お待ち下さい。私は兄上の許しを受けて、いつか、舞を催しました折に拝借したので、決して、無断に持ち出した次第ではございませぬ」
「黙んなさい! そちはその後、納戸の者に渡して面箱は宝蔵へ返したと言っておったではないか。それも単に秘蔵の品というならばとにかく、文照院様から拝領の鬼女面、年ごとの西之丸の御能には、ぜひとも柳営に持って伺候せなければならぬ」
義通は唇をわなわなさせ、あくまで、詰責してやみません。