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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「と、とんでもないこと」
「なぜ?」
すこし色をなして詰問すると、釘勘はふところへ手をつッ込んで、
「これでもあなたは、お粂の親切をまことと思い、あくまで命の恩人だとおっしゃいますか」
金吾は眉を顰めて、ふしぎそうに、彼が自分へ突きつけている紫いろの物をじっと見つめました。
「なんじゃ、それは」
「ビードロです」
「ウム、蘭薬を容れるビードロの瓶か」
「そうです、しかもこのビードロの瓶に、どんな蘭薬が入っていたかお分りにはなりますまい。小石川養生所の蘭方医小川笙船という人にこれを鑑定してもらいますと、どうでしょう、こりゃあ南蛮の眠り薬、なんとかいいました……嗅いただけでもグッタリと人を麻酔させるおそろしい薬が入れてあった物だと折紙をつけました」
――とまで聞いた時に相良金吾は、思わずその小さな紫のビードロから顔を横にせずにはいられませんでした。
かれにとって怖るべきものと頭にしみついていることは、眠りであります。眠りつつ衰えてゆく奇病のために、妖婦の絆に結ばれてぬぐわれぬ生涯の汚辱を求め、帰るべき主家へも帰られずに、武門のすたり者となっている自分と思うことを、夢寐にも忘れられません。