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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
だから、金や物に不自由を知らねえ日本左衛門も、人情のあたたかみには飢えていた。……お粂を世話していた気持も、実は色恋ばかりでもなく、こいつを娘とも兄妹とも、また女房とも思って、吾ままをしたりされたりしたかったのに。――つまり、世間の人のやる人情のある生活方の真似ごとをして独り慰めていたおれだが……」
内面の怒りを理性で抑えつけようとして、行きつ戻りつしながら、波の間にこうつぶやいている親分の独り言に、あらくれた手下たちも、思わずシーンとして消えかけている焚き火の残り火に目を集めました。
先生金右衛門もうなだれて、そのことばに衝たれている。
それは日本左衛門のみでなく、心の故郷を訪れる時、たれもさびしと思う盗人の悲哀でしょう。
黄金は盗める。
世の中の品物はみんなおれの物だと考えることも、盗人だけにはできます。
将軍家の秘庫の宝物たりといえどかれの手のとどかないものではありません。
また黄金をもって世の中に得られぬものも何一つとしてない。
しかし、ただ一つ、人の愛情をいかんせんです。世に人情を盗み出し得る蔵はない。
常に盗人の淋しいものは、その生業の性質から、その生活に愛情味のかけることでありましょう。