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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
と、呼び止めます。
「あいや、そう参っては方角が違う――」
と、重ねて呼び止めた前の郷士、万太郎の振顧る姿へ手招ぎして、
「先程申したのは戯れでござる、高麗村へおいでとあれば、どうせ吾々も帰り途、一緒にまいって御隠家様へお取次いたすであろう」
「では、案内してやると仰っしゃるか」
「お易いこと、ちょうど乗物もあれにある、女用ではござるが……」
「いや、乗物まで頂戴しては恐れ入る」
「御遠慮には及ばん、どうぞあれへ」
「いや、かえってそれは」
と、固辞していると、あとの郷士達が、もう例の女駕をそこへ運んで来て、
「さあさあ、どうぞこれへ、御隠家様をお訪ねとあれば屋敷のお客も同様、遠慮なく御使用下されい。それに空駕で歩行いたすより、お乗り下すッた方がかえッて手前達の足取も調子がいいと申すもの。さあ、いざ」
と一同が余りすすめるので、否みもならず、万太郎、
「ではおことばに甘えて」
「どうぞ」
「御免」
腰の刀を手に抱いて、乗物の内へはいりました。
ぷーんと、えならぬ香気がする。駕の中に香炉があり何かの銘木が燻べてあります。女乗物としてもこれはかなり贅沢なものじゃ――と万太郎は、それからおして、行く手の狛家なるものも、定めし由緒ある豪家に違いあるまいと聯想しました。