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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
まあもう一献どうでござる」
「わしは今、お嬢様の夭折に利く名薬は何かとおたずねしましたので」
「ああ、左様でございましたな」
「何ですか、それは?」
「その薬法でござるか」
「その薬は」
「……じゃあお話しいたすが、実はその薬になる物というのは、お手前の生き胆じゃ」
「えっ……」
と息を止めた馬春堂の顔の長さは見ものです。
人胆がある種の病に奇効があるということは、漢書でも見たことがあるが、現在の自分が生き胆を抜かれるために飼われているのだと聞かされて、馬春堂は、あっと色を失いました。
「おからかいなすッてはいかん。生き胆を取るなんて、冗談にも程がある」
「まあ、そうお怒りなさらないで」
「人を……人を馬鹿にしている」
「ご尤もでござる。まあ、こうなったのも、貴殿の運命と達観して、もう一献お過しなさい、お酌いたそう」
「もう沢山ですわえ」
「御酩酊なされたか、じゃ、御飯をおつけ申そうか」
「飯も食いたくない」
「それは困る……折角今日まで美酒佳肴をさしあげて、貴殿の精をよくしておいたのに、今になってお食事が細ると、貴殿の人胆の効目がうすくなる。まあ長い御丹精はお願いしませんが、もうここ二、三日のところ、せいぜい美食をしていただきたいもので」