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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

「でも」

「まあ、そこに掛けていなさい」

「べつに御用事もないふうですから、とにかくちょッとあちらで」

「いや、用事がないどころじゃない。あればこそ、わざわざ人を遠ざけて、ここにお前を呼んだのだが……」

「はあ、何か?」

「ウム、これを読んでみい」

と、千蛾老人はふところから一冊の古びた綴本を卓の上へさし向けて、

「先頃、かの洞白の仮面と一緒に、こういう思いがけないものを手に入れた。……どうじゃ久米之丞おまえはこれを何と見る?」

「ははあ? ……」

と、久米之丞は渋々ながら浮腰をおろして、初めはお役目に一、二枚拾い読みしておりましたが、いつか、その中の奇怪な文字の魅惑に、われを忘れて引きこまれてゆく顔つき。

それは洞白の仮面と一緒に、千蛾老人の手へ渡った、かの「御刑罪ばてれん口書」の古冊です。

「ウウム……」と久米之丞、初めは渋々でしたが、深く読み入ると、いつまでも手から放そうともせず、

「御隠家様!」

と妙に力を入れ込んで、

「一体かようなものが、どうして世上にあるのか、これはどうも、実に不思議千万で」

「どうじゃ、お前も意外に驚いたであろう」

「これによって祭しますと、慶長以来より、御当家数代の方がかかッて尋ねている、羅馬国の短刀をほかにも探している者が数多あると相見えますな。