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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「どこだ、どこだ火事は」
土手を駆けて行く人と人が、たれに聞くでもなく、これに答えるでもなく、
「上町の芝居小屋だ――岩井染之助の楽屋から出たんだとよ!」
声を投げ合ッて走って行く。
岩井染之助一座。
なるほど、そんな幟が、宿場の辻にハタハタしていたのを見かけたことがある。
――と、四ツ目屋、雲霧、尺取などは、面白そうにそれを対岸の火災視しておりましたが、ひとり秦野屋九兵衛は、
「ウーム、この風じゃ……」
黙然と腕ぐみをして、炎をにらみながら呟やきました。
「秦野屋、どうやらあの火の手じゃ、おめえの店は一舐めになりそうだな」
と、日本左衛門が側へ寄ってささやくと、九兵衛は結んでいた口をニヤリと歪めて、
「――とすると、千両ばかり煙になる勘定だが、楽に積んだ身代は、やッぱり、楽に灰になりゃアがる」
「あはははは。諦めねえ」
と、日本左衛門も、これが堅気の秦野屋なら、慰めなければならないところを、かえって妙に可笑くなって、九兵衛の肩をたたきながら、
「――おい、盗ッ人の目ざまし草だな」
おのれの身にもありそうな、この皮肉に自嘲をおぼえて、愉快そうに哄笑しました。