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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

「二手になれ」

こういったのは雲霧の仁三で、

「おれが合図をするまで消えていろ。いいか、なるべく近づいて息を殺しているんだ」

合点という風に、六人の黒衣が道の両側に分れたかと思うと、まだ短い青すすきの中を、這うようにして少しずつ近寄って行く。

茫漠とした野と空をながめて、次郎と万太郎がしばらく黙し合っているところへ、忽然と、背丈の小づくりな一人の男が、風に吹き送られて来たように、目の前に立って小腰をかがめて、

「ちょッとお伺い申しますが」

と、笠を取って申しますことには、

「――もしや貴方様は、尾州家の若殿万太郎様ではございませんか」

と、いんぎんな言葉ではありますが、その鋭い眼ざしに驚いて、次郎は少し野槍の手を動かしかける。

見知らぬ町人、不審と感じながら万太郎は、ふと、ゆうべの白刃を思いうかべて、

「そちは、たれか!」

と、油断のない気構え。

男はさらに悪びれないで、

「へい、手前は日本左衛門の手下、雲霧の仁三でございます」

「なにッ?」

立とうとするのを、笠で制して、

「ま、お待ち下さいまし。万太郎様、もう駄目でございます」

「だまれ、何が駄目?」

「お命をもらいにまいりました。