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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「へへっ。初めて御見にいります。自分ことは但馬守の老臣曾根権太夫というもの、何とぞ、お見知りおき下されますように」
と、玄堂と同様な言い訳を諄々とならべ立てて、どうか、上屋敷の方へ移ってくれと申します。
これは領主の涼朝でさえ、常にけむたがっている老人で、いかにも家老を勤めるべくこの世に生まれて来たような御家老、型どおりな左様しからばで、酢いも甘いも加減がなく、一にもお家、二にもお家、杓子定規に納まって、およそ天つ下の世間というものを、将軍様と秋元六万石よりほかに知らない人物です。
ですが、事情さえ分ってみると、万太郎はべつに驚きもしません。
自分のうちの尾張の家中にも、こんなのが、二人や三人はいて、よく苦い事ばかりいったものだ。
「ははあ」
と、彼は軽くうなずいて、
「じゃ、但馬守のさしずで、わしを迎えにやって来たのか」
「御意にござります」
「折角だが、それは断る」
「えっ、それはまた何故でございましょうか」
「わしは非常な我儘だ、それに、堅苦しいことがしていられない性分、お前の上屋敷などへ行くのはどうも余り有難くない」
「御窮屈がおきらいとあれば、如何ようにも御自由にして、ともあれ、お越し下さりませぬと、このおやじめが折角お迎えの役儀が相立ちませぬ」