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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

「そうかい、世間様は、有難えもんだな」

と、稲吉が、何の気もなくいったことば、日本左衛門の黙りこんでいる心の底を、擽ぐるように苦笑させました。

やがて、そこへ来た酒を、真似ばかりに飲みながら、

「稲」

「へい」

「お粂はおめえの持ちだったな」

「そうです。あっしが籤を引きました」

「いい籤を引いたな。雲霧の相手や、おめえの目ざすものは、いつでも手の届くところにぶら下がッているのに、おれの引き当てた切支丹屋敷のお蝶ばかりは、どうしても、影もかたちも見せてくれねえ……」

と、含んだ酒も苦そうに、それには、よほど探しくたびれた様子であります。

彼をはじめとして、暗殺の籖を抽いて別れ別れになった五ツ組の者は、その後、各※(二の字点、1-2-22)目ざす方角へ向って、みな相応な飛躍をやっているだろうと思われる。

しかるに、その根幹である自分の持ちのお蝶の姿と来ては、いくら探りの手を分けてみても、一向見当がついて来ないので、日本左衛門も手を下しようがなく、夜光の短刀の手懸りと共に、あれ以来の日は空しく過ぎておりました。

嵐粂吉となったお粂は、すぐ目の前の小屋に、おおびらで姿を見せつけている。