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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

「よく知っているね、お前さんは」

「じゃ、日本左衛門という人とも前に知り合いだったんだね」

「どこで聞いたえ、そんな事を」

「熱海に居た時」

「だれに?」

「ううん、だれにでもないけれど」

短い中入の時間はもう過ぎたと見えまして、その時、土間の客席や蔭の鳴物がまた騒めき出すと、男衆がそれへ飛んで来て、

「太夫さん、出番です、お支度は出来ていますか」

「あっ、もう」

「お早く願います。見物が沸いておりますから」

お粂はあわてて衣裳を着け出すと、そこへ二、三人の女達が来て、帯を手伝うやら、袴の紐をしめてやるやら、忽ち次郎の存在は消えてしまいました。

「おじさん、お待ち遠さま」

と、ひょッこり小屋の楽屋から飛び出して来た次郎は、そこにたたずんでいた万太郎の前に帰って来て、

「聞いて来ました。やっぱり、おじさんが言った通り、あの女は、日本左衛門をよく知っている水門尻の人でした」

それは万太郎が、次郎をもって探らせた事と見えます。そして彼はまた、お粂こそ金吾の体を、いまだに隠している女だと信じているのでした。

「御苦労だった。けれどそういう事を聞いて、何も向うでも変に思いはしなかったか」