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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「もし万太郎様、その話なら、私がくわしくお話し致しましょう」
と、不意に手をあげて呼び止めました。
突然、万太郎をよびとめて、彼の前へ立った男は、めずらしくも熱海以来その姿を見なかった目明しの釘勘でありました。
「おウ」と万太郎は、びッくりした目を瞠って、
「そちは釘抜きの勘次郎、どうしてこんな所に参った?」
「どうしてというのは若様、あなたの事じゃございませんか」と、釘勘は笑いながら、
「――熱海から江戸に帰って、早速お目にかかりたいものと、根岸のお屋敷へ伺いましたところ、ぶらりとお出かけになったまま、幾日経ってもお帰りがないというお話」
「うム……実は、そちの帰りも心待ちにしていたが、何かにつけて、じっとしていられぬ自分の性分、つい根岸から脱け出してしまった」
「はははは、相変らずで」
「いや、そのために、ひどい苦難に出会ったぞ」
「少しはお薬でございましょう」
「薬にしては強過ぎた」
「ところで、その折、根岸の御家来衆の口から伺いますと、毎年江戸城の御本丸でお催しになる七夕の夜能に、ぜひとも、あの洞白の仮面がなければ尾州家として将軍様へ申し訳が立たないことになるのだそうです」