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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

「そりゃ、見かけねえはずだ、おら、旅の者だ」

「何、旅の者が、なんでこんな所に出しゃ張ってまごまごしているんだ。太夫に短刀を投げやがった野郎の片割れにちげえねえ」

「おッと、皆さん、逆上してそう勘違いされちゃ困る。おら、なるほど旅の者だが、太夫の粂吉たあまんざら縁故のねえ人間じゃあない。嘘だと思うなら、今ここへあの女が来るから、それに聞いてみるのが一番確かだろう」

「ふざけやがるな」

と、小屋の連中はますます怒り出して、

「まだ医者の来ねえうちは分らねえが、胸元へ三本も短刀を打ッ通された太夫が、なんでここへ歩いて来る、いよいよ此奴らは油断がならねえ」

と、一方の弁明もガンとして受け取らず、あわや再び、曲独楽ならぬ撲り合いの乱取が始まろうとしているところへ、嘘ではありません、衣裳を捨てて軽くなったお粂が、舞台白粉の顔のまま、髪だけをつぶしにくずして、赤い吉田団扇を指にはさみながら、

「おや、何をやっているんだえ」

笑ってそこへ立ちました。

楽屋へ抱え込まれると同時に、死んだものと思って騒いでいた粂吉が、ひょっこり大部屋格の娘連をつれて出たので、

「あれ?」

と呆ッ気にとられたまま、居合せた大勢の者は開いた口がふさがらない。