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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

それでもお蝶は、脱ごうとしません。

この仮の顔は、彼女が武蔵野の草深い所から、夜旅をつづけて来た唯一の護りでありました。昼は宿に寝、夜ばかり歩く若い女の身を、無事に護ってくれたのはこの鬼女の仮面です。

野路、山路、あるいは真っ暗な松並木で、偶悪い男に出会っても、この仮面をつけて、道のまン中を静かに歩いていれば、向うで悲鳴をあげて逃げても、指をさす憂いがまったくありません。

――その後、女影の原に通り魔が出るという噂が立ったのを聞いて、彼女は、いよいよこの化身の効果を信じておりました。

さて。

そうしてお蝶が峠の二合目あたりを辿って行くうち、信玄沢という低地を、近廻りして、何者でしょうか、ざわざわとかき分けて来る者がある。

影をかぞえると、三人か、四人。

それは、宵に若い女の夜立ちを見つけて、幸運の抬い物でもしたように、麓から尾けて来た立場人足とおぼしく、

「ほい、また岐れ路だ」

「どッちへ行きやがったろうか」

「女の足だ、先は裏道の嶮しいところとも知らずに、その平地な方へ向ったにちがいねえ」

などと、飢えたる狼のように、女肉の香いを嗅ぎ慕って、御苦労にも、この山中へ後を追って来たものです。