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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
――それに、昼ならまだよろしゅうございますが、ゆうべもこんな事がございまして……」
と、問わず語りに、ここでもまた、千魂塚の怪女のことを立ち話に持ち出しますと、久米之丞と月江とは、ほくそ笑みを見合して、ひそかに目と目でうなずきました。
しかし、旅籠の手代には、山越えの道や、その他のことを聞いたのみで、さり気なくそこを別れて、
「お嬢様、今の話の様子では、あの女もまだ遠くには参っておらぬようでござる」
「今日いッぱい、足を早めて行ったならば、追いつけるかも知れないね」
「ただ、この嶮しい道を、あなた様のそのお優しい足で歩かせるかと思うと、久米之丞は負ぶってでも上げたいように思います」
「久米之丞。よして下さい」
「なにが?」
「お前がそんなに側へ寄って歩くと、人が、夫婦のように思うではないか」
「いいではございませんか。お嬢様。どうせ馬方や荷持などは、とかく口の悪いもの故、そんなことを気になされていては、道中を歩くことはできません」
「お前は、私のあとから離れてお歩き。……いいえ、もっと、もっと後から――」
と、月江はぐんぐん先に出る。
彼女の乗り馴れた銀毛の駒も、この小仏越えには馭しきれまいと思ったので、それは麓にあずけて来て、今朝は菅笠に紅緒の草履。