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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
ません。
道は、また暫く平地になってくる。
頼む木蔭もあらば休みたいがと思っていますと、うしろの方で、
「痛い」
と、久米之丞の声がしました。
振向いてみると、彼は、片足を抱えたなり、草叢の中に腰をついていますから、彼女も驚いて、
「久米之丞、どうかしたのかえ?」
足を戻してゆきますと、彼は、顔をしかめながら、
「石につまずいて、生爪を剥がしてしまいましたわい」
「おや、それは困ったねえ」
「どうも痛くって、意地にも我慢にも歩けませぬ。おそれ入りますが、暫時お待ち下さらんか」
「じゃ、私がそこを結わえて上げよう」
気前よく、紅絹のしごきをピリッと裂いて、彼の足元に膝をつきますと、久米之丞はその手を強くつかんで、
「あれ、勿体ない」
と、気障な態度をして引き寄せます。
「何をするのッ」
「いい見晴らしではございませぬか。少しここで休みましょう。折から、前にも後ろにも、ちょうど人影が絶えている」
「嘘を言ッたんですね――生爪を剥がしたなんて」
「この長い峠を登るうち、麓から一言も口をおききなさいませぬ故、ちょっと一策を案じたわけです。は、は、は、月江殿、あなたまだ、ほんとに処女でございますな」