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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
そして、そこを飛鳥のように掠めたお蝶の影が、逸早く外の暗へ駆け出しました。
金右衛門は驚きを極めて、
「お蝶? 今のがお蝶か」
と、あまりの唐突にうろたえながら、そこの入口を出たりはいったりしていましたが、日本左衛門はそれに答えるまもなく、お蝶の出た裏の方へ飛びおりて、
「しまッた」
疾風をついて追いかけました。
それから間もないことです。
燈火を失った甘酒茶屋の真っ暗なところへ、スタスタと大股に飛んで来たのは、昼間、元気なくここへ立寄った高麗村の次郎で、明け放しになっている家の中へ首を突っこみながら、
「おばさん、寝たのかい。さっき預けたおいらの包を、返してくんないか。――おばさん、おばさんてば」
奥で物音がしていながら、さっぱり返辞がありませんので、何の気なしに土間の中へはいって行こうとすると、裏口から戻って来た金右衛門が見つけて、
「おや?」
と、その矮短な影を透かして見ました。
次郎もひょッと振顧りました。そして魁偉な浪人体にギョッとした心が、思わずも、杖についている例の胆刺の穂先を知らず知らず持ち上げて、自然のうちにおのれを護る形をとらせました。