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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
しかし、振顧って、また招いた久助の眼ざしに、何かしらやさしみがこもっているような気がしたので、ふと、
「尾いて行ってみようかしら?」
と、彼女のいたずらな心がうごきかけました。
久助は、さびしい裏町へお蝶を導いて、何を渡世にする家とも分らない一軒のしもたやの戸を開けて、顔を出したそこの内儀と小声で話しておりましたが、
「さ、遠慮はいりませんからおはいりなすって」
お蝶を招き入れて、自分も草鞋とべんけいを戸口の隅におきました。
そして、奥の――という程でもない、せまい一間に坐りこんだ時には、折角のお蝶の好奇心も、つまらない所へ来てしまったような悔いに取り代っておりました。
「どうか、御安心なすって下ざい、今は山へ行って留守ですが、ここの亭主も私たちと回じ心の者、何を話しても、心配はない家ですから」
久助はこう言ってから――
「ところで、お嬢様は、さだめし変な奴だと、私をお疑いでございましょうが、実は、或るお方のいいつけで、郡内の手前からあなた様を蔭身になって守って来たので、まあとにかく、ここまでは御無事で、ほんとによいあんばいでございましたよ」
と、暗裏に、日本左衛門のことを知ってるような話し振りで、しかも、その難を蔭身になって守護して来たと明言するにおいては、お蝶も意外に思わずにいられません。