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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「ウーム、しかし、余り精を過ごして、体を損ねぬ方がよい。もし其方がわずらいでもすると、あのお蝶が可哀そうだ」
「女親が先に亡くなっていますので、私も、お蝶の行末だけは、何かにつけて案じられまする」
「親心は、異国人でも、変りがないとみえる」
「むしろ、人一倍でございましょうな。何せい、血の異った父のひとり娘……」
「ウム、けれど、お蝶も近頃は、目に立って美しくなった」
「はい、年頃は、争えませぬ」
「気をつけることだな、もう、そろそろ油断がならないぜ」
と河合伝八の言葉は意味ありげでしたが、書物に屈んだままの二官は、
「あの美しさが不愍でなりません、いッそ、男か不縹緻者なら、生涯、山屋敷の中で暮らそうとも、まだ諦めようもございますが……」
と、先の真意のあるところは耳うつつで、ただ子煩悩な繰言と、たそがれかかる机に筆をなやめております。
そこで、伝八はきせるを抜いて、
「火を一つ貸してもらうぞ」
手あぶりを縁へ引きよせながら、ジロと、部屋の中から勝手口をのぞきこんで、
「お蝶は、見えんようだな」
「先程、畑の方へ、野菜をとりに参りました」
「ふウん……午頃には牡丹畑に姿が見えたが」