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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
思えばこれもおとなげない仕業と、自分で自分の行為に気がついた時には、すでにその不快のやりばがまったくなくなっている。
その時、救われたように、彼の手が倒れた鏡台のひきだしにのびていました。
手紙やら、書付やら、ひとたばに丸めて突っ込んでおいた反古です。そのなかに、伊兵衛という文字がちらちらある。よりわけてみると、楽屋の雑費や出入りをしるしておいた伊兵衛の書付がその大部分でありました。
「あっ? ……」
熱海にいたころ、お粂の話に聞いていた道中師の伊兵衛という名。
「もしや今の男が……その伊兵衛ではなかったろうか」
彼は弾かれたように楽屋を駆け出して、掛小屋の裏手へ出てみました。
が、二人の姿は、もう見えぬ横丁へ曲っている。
――今、すれちがった時、どこかで見たような記憶があると直覚したのは、いつか、自分が聖天の盗ッ人市へ洞白の仮面を買いもどしに行った折、材木置場から隅田川へ追い落したあの男の風態ではなかろうか?
「それだ! その時の道中師の伊兵衛だ」
こう思い当ったのと、しまった! という悔いとが、金吾の胸へひとつになってこみあげました。
「ウム、足のかぎりに急いでゆけば、今の二人に追いつかぬことはあるまい。